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城崎温泉 美術と歴史の宿からお送りするブログ
兵庫県豊岡市城崎町湯島485 城崎温泉の桂小五郎ゆかりの宿からお送りするブログです。
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酒田美枝さんとユリ・マアノニンさん
今回は、和紙の研究家の酒田美枝さんとロシア・アカデミーの数学者のユリ・マアノニンさんとのお付き合いのくだりです。

和紙を材料とした紙衣が出てきますが、wikiによりますと
「平安中期に和紙が大量生産されて普及した結果、紙が本来の目的以外に利用されるようになり、もともと麻クズを原料にして製造されている和紙は衣料として利用されるようになった。
絹の衣よりも安価なため、低所得者が利用する着物と思われがちだが、丈夫で持ち運びに便利なため、武士や俳人などが好んで利用し、性空や親鸞が愛用していたことでも知られる。」
ということのようです。

青嵐亭は、毎年、数学関係者のセミナーの会場になっています。
数学者の卵の若い方々が多いのですが、フィールズ賞をとられた方もお見えになったこともあります。

ロビーはこんな感じです。

この続きは こちらの「私の城崎」の朗読で、お聞きください。

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文人墨客たちとの交流 その3
以下の方々(wikiからの引用)を中心に文人墨客たちとの交流を紹介しています。
「四季のご挨拶など欠かすことはありません。」という表現からは、
もっといろいろと書き残しておきたいのだが、という気持ちが伝わってきます。


榊 莫山(さかき ばくざん、本名:榊 齊(さかき はじむ)、
1926年2月1日 - 2010年10月3日[1])は、日本の書家・作家。バクザン先生の愛称で知られる。前衛的な書画と、作品のイメージ通りの飄々とした印象で、宝酒造の「よかいち」のテレビCMをきっかけにバラエティ番組などにも多数出演。また、エッセイなども多数著し、関連も含めると100冊を超える。また、商品のロゴなども多数手掛けている。司馬遼太郎と長年親交があり、司馬の作品『空海の風景』に登場した。

田中 冬二(たなか ふゆじ、1894年(明治27年)10月13日 - 1980年(昭和55年)4月9日)は、
日本の詩人である。本名は吉之助。
銀行員として働きつつ、郷愁をテーマに多くの詩作を行う。専ら旅を題材とした詩を作り、山国や北国の自然、日常生活を初々しい感覚で表現した叙情詩集「青い夜道」(昭和4年)を発刊。多作ではなくマイナーポエットとも評されるが、一貫して日本の自然や生活に根ざした詩を作り続け、吉行淳之介は象徴的に「青い夜道の詩人」と評している。詩作のほか散文や俳句も手がけている。堀口大學らと交友関係があった。

小野田 嘉幹(おのだ よしき、1925年7月12日 - )は、
日本の映画監督、脚本家である。弟は俳優の平田昭彦、妹は女優の音羽美子、妻は女優の三ツ矢歌子である。
『鬼平犯科帳』 : NET・東宝、 CX・松竹
松本白鸚から中村吉右衛門まで、監督を担当。現在は監修。

この続きは こちらの「私の城崎」の朗読で、お聞きください。
松永幸子さんと三ツ木照夫さん
松永幸子さんは杉本苑子さんとお付き合いがあり、
三ツ木照夫さんは志賀直哉先生の最後のお弟子さんです。

人の出会いは出湯のように という本のタイトル、
そして、文人墨客たちとの交流 というこの章題、
いろいろな方の思い出を自分だけの記憶だけではなく、
何かの形で残しておきたい、という父の気持ちが伝わってきます。

この続きは こちらの「私の城崎」の朗読で、お聞きください。
杉本苑子さん
きょうは、杉本苑子さんについて、お話いたします。

wikiによりますと、
1952年、「燐の譜」で『サンデー毎日』の懸賞小説に入選、選考委員である吉川英治に師事する。吉川死去の翌年、『孤愁の岸』で第48回直木賞を受賞する。以後、歴史小説家として活躍する。

とあります。

この続きは こちらの「私の城崎」の朗読で、お聞きください。


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